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カテゴリ:別府八湯の産業( 6 )

別府八湯の産業(観光・遊園施設)(2015年07月29日)

別府八湯の産業
観光・遊園施設

湯の花小屋 江戸時代の明礬製造がルーツ。現在、脇屋商会と岡本屋などが製造している。湯の花製造技術は、1968(昭和43)年に「別府明礬温泉の湯の花製造技術」として別府市の無形文化に指定、2006(平成18)年には同名で国の重要無形民俗文化財にも指定されている。

別府地獄めぐり 海地獄が1910(明治43)年に遊覧施設を整えて入場料を徴収開始。

なお、海地獄血の池地獄白池地獄龍巻地2009(平成21)年)7月に、別府の地獄として国の名勝に指定されている。

鶴見園 1925(大正14)年開園。九州の宝塚と称される。

ラクテンチ 「別府遊園」として1929(昭和4)年開業。

高崎山自然動物園 1953(昭和28)年開園。

別府タワー 1957(昭和32)年開業。

名古屋テレビ塔(1954年)、通天閣(1956年再建)に次ぎ、日本で3番目に建てられた高層タワー。

別府ロープウェイ 1962(昭和37)年開業。

大分マリーンパレス水族館 1964(昭和39)年開園。

城島高原パーク 1967(昭和42)年3月、「キジマモートピアランド」として開園。

九州自然動物公園アフリカンサファリ 1976(昭和51)年開園。

ハーモニーランド 1991(平成3)年開園。

グローバルタワー 1995(平成7)年開業。ビーコンプラザの付帯施設。


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by b8spa | 2015-07-29 16:21 | 別府八湯の産業

別府八湯の産業(博覧会など)(2015年07月29日)

別府八湯の産業
博覧会など

中外産業博覧会 1928(昭和3)年開催。

別府市の市制施行5周年を記念して開催。

別府国際温泉観光大博覧会 1937(昭和12)年開催。

別府と阿蘇・雲仙・長崎とを結ぶ国際観光ルート構想を契機に開催された。また、1935(昭和10)年に別府市と亀川町石垣村朝日村との合併を記念する意味合いもあった。

別府温泉観光産業大博覧会1957(昭和32)年開催。

やまなみハイウエイ(九州横断道路)の着工を記念して開催された展覧会。

別府八湯温泉泊覧会 第1回は2001年秋に開催。

別府現代芸術フェスティバル「混浴温泉世界」 第1回は2009年開催。


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by b8spa | 2015-07-29 14:06 | 別府八湯の産業

別府八湯の産業(名門旅館)(2015年07月28日

別府八湯の産業
名門旅館

日名子(府内屋)、米屋(庄屋)、亀の井(油屋熊八)、鶴田(網元)、岡本屋(山奉行)など。

萬屋旅館:流川通りの4階建ての旅館。竹瓦マーケットの上にあった。1913(大正2)年完成。

森屋旅館:竹瓦温泉界隈の5階建ての旅館。1920(大正9)年建築。1925(大正14)年全焼。

筑後屋旅館:鉄輪で最初に4階建てに増築(大正時代)。昭和初期に筑後屋新館(築新)を新築。


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by b8spa | 2015-07-28 15:11 | 別府八湯の産業

別府八湯の産業(交通・港湾・船舶)(2015年07月28日

別府八湯の産業
交通・港湾・船舶

①江戸・明治時代の主要道路

主要道路は小倉街道(現在の西法寺通り)

海門寺みち(銀座裏)は流川から妙見山を通って、海門寺に至る通り。

中浜筋は鶴見岳の扇状地(扇端)に出来た通り、波うち際なので、道路は曲がっている。

別大電車が開通して発展。1400年以上の歴史がある中浜地蔵尊が鎮座している。

1871(明治4)年、別府港築港。

日田県知事・松方正義が別府を視察した際、海上交通の便を図れば別府発展が期待されるとの発案から1870(明治3)年2月に着工。

1973(明治6)年、大阪開商社が蒸気「益丸」の定期運行開始。日名子太郎に回漕業務を委託。

1917(大正6)年、流川通りは暗渠となって、8間道路として拡幅。

1900(明治33)年5月、別大電車(豊州電気鉄道)開通。九州初の路面電車。

京都電気鉄道(1895年開通)、名古屋電気鉄道(1896)、大師電気鉄道(1899)、小田原電気鉄道(1900年3月)に続く日本で5番目の電気鉄道として開業。

1929(昭和4)年5月1日、別府桟橋前-境川間、北浜 ―別府駅前間開業。

1956(昭和31)1019日、北浜―別府駅前間廃止。

1972(昭和47)年4月、全面廃止。

1911(明治44)年、別府停車場(現別府駅)開業。

1920(大正9)年、別府港に大坂商船専用のコンクリート製固定桟橋完成。

1964(昭和39)年、やまなみハイウエイ開通。1994(平成6)年に無料化。

1967(昭和42)年、別府国際観光港、港湾機能を別府国際観光港へ全面移転。





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by b8spa | 2015-07-28 14:46 | 別府八湯の産業

花菱ホテル(2012年07月06日)

以下、花菱ホテルのHPから転載します。歴史がよく分かります。

花菱ホテルの創業と「花菱ホテル」命名の由来

花菱ホテルは、創業者児玉定五郎氏が現在の流川通りと10号線の交差点近くに、「児玉旅館」として明治37年に創業しました。
現在地の北浜旅館街は、大正11年に埋立地として造成されましたが、逸早く創業者は新しい別府のシンボルとして発展が期待されている現在地に移転を計画し、この際に家紋でもあった「花紋」になぞらえて、旅館の名称を「花菱旅館」として命名しました。
その後、花菱旅館は順調に発展し、昭和39年に近代的な鉄筋コンクリート造りの旅館を新築、昭和49年に現在の東館のヨットハーバー側を10階建てに増改築した際に「花菱ホテル」に改名し現在に至っています。

新しい花菱ホテルの誕生

平成17年12月、創業100年を誇ってきた花菱ホテルも、さすがに時代の変化に対応することができず、県下2番目の「中小企業再生支援協議会」案件として旧経営陣は総退陣、現在の新経営陣のもとに企業再生へのスタートを切りました。
企業にとって最も重要な柱である経営理念を明確にし、能力主義人事を標榜する新人事制度の導入により、「頑張った者には頑張っただけの処遇を行う」という旗印のもとに、「花菱ホテルにしかできないおもてなしでお客様に満足を提供する」ホテルを目指して、役職員一体となって全力で頑張っているところです。

浦のコメント:現在の西館(旧ホテル二条)を買収し、多額の設備投資で、その後の返済に困って、旧経営陣が退陣したと思われます(あくまで想像です)。

某年表では、次の記載があります。
1975(昭和50)年3月。ホテル二条(松野泰三社長)、銀行取引停止。(負債3億1400万円)。

1977年発行の『日本の宿』によると、次の記載があります。
1917(大正6)年、二条館として開業。
1923(大正12)年、北浜海岸に、旅館二条館開業(海岸へ進出)。
1931(昭和6)年、合資会社。
1966(昭和41)年、ホテル二条開業、9階建。(海岸の旅館をホテルにする)
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by b8spa | 2012-07-06 18:35 | 別府八湯の産業

岡本屋(温泉旅館)

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明礬温泉の岡本屋は、明礬温泉を代表する老舗の温泉旅館だ。創業は1877(明治10)年。隣のゑびすや旅館が自称1875(明治8)年の創業で、ゑびすや旅館の方が古い訳だが、岡本屋の場合は便宜的に明治10年を創業年にしたらしい。岡本屋を経営する岩瀬家は、森藩の明礬山の山奉行であり、屋号は出身地である岡本村(現在の竹田市の一部?)の岡本である。そういえば、鶴寿泉近くの山田屋は、山田村(現在の玖珠か森町?)の出身だから、この屋号らしい。ちなみに江戸時代の山田屋は、岡本屋のもとで働いていたとか(簡単に言えば、家来?)。山田屋の創業は、自称、1830~1843年(天保年間)とのことだが、創業なのか、明礬へ来た年なのか、定かではない。事実なら別府八湯では、現存する旅館では一番古い旅館となる。
写真は岡本屋の男性用の露天風呂。以前は混浴だったが、某女流作家から注文(文句)をつけられて、柵をつけた次第。柵の向こうが女性専用の露天風呂となる。男湯に女性は入浴しても良い。
注:最近、岡本屋は創業を1875(明治8)年としている。
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by b8spa | 2011-06-05 20:48 | 別府八湯の産業