別府湾を中心とせる郷土研究(歴史)

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大分縣師範学校郷土室(1934)の『別府湾を中心とせる郷土研究』によると、1932 (昭和7) 年11月現在の孔数(井泉台帳数)は、全体で2,482孔(出典文献では2,536孔)を数え、1.57倍の増加率を示す。市町村別で孔数をみると、別府市1,228孔、亀川町523孔、朝日村375孔、石垣村356孔、構成比では、それぞれ49.5%、21.1%、15.1%、14.3%を示し、別府・浜脇の占める割合は49.5%と5割を切っている。
1923年と比較すると、別府市(別府・浜脇)1.05倍、亀川町1.48倍、朝日村(明礬・鉄輪)8.72倍、石垣村(観海寺・堀田)29.67倍となり、別府・浜脇を除く、周辺部の町村において温泉開発が著しいことが分かる。しかし、湧出口数(利用源泉数)をみると、全体では1,162孔を示し、市町村別では、別府市840孔、亀川町125孔、朝日村141孔、石垣村56孔となり、それぞれ構成比は52.5%、10.8%、12.1%、4.8%を示し、石垣村(観海寺・堀田)は少ない。
絵葉書は浜脇東温泉。
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by b8spa | 2011-06-10 23:44 | 別府八湯の歴史
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