明治期の温泉施設の整備(歴史)

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別府町(1914)『別府町史』によると、1868(明治初)年の温泉場として、別府村には、楠湯、玉湯(新湯)、握石湯(永石温泉)、紙屋湯、風呂湯(不老湯)、佐伯屋湯(甲斐元太郎邸内)、會所湯(日名子益太郎邸内)、田中湯(畦無温泉)、泥湯(現今廃絶)の9ヵ所、浜脇村には、東温泉、西温泉の2ヵ所があったと記載されている。しかし、その詳細は不明である。
その後、1874(明治7)年には、県費によって不老泉、紙屋温泉、浜脇東温泉などが新築された。こうした温泉施設の新築を契機として、その後、共同湯の新築や改築などが相次いだ。具体的には、新規開業では、1892(明治25)年の霊潮泉、1899(明治32)年の寿温泉、1909(明治42)年の柳温泉など、改築(新築を含む)では、1902(明治35)年の不老泉、同年の竹瓦温泉などで、明治中期以降、共同湯を中心に温泉集落の整備が進むことになった。
絵葉書は霊潮泉。
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by b8spa | 2011-06-10 23:33 | 別府八湯の歴史
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