明治末期の竹瓦温泉界隈の様子(歴史)

a0212770_232951100.jpg
図は竹瓦温泉界隈の様子を描いた地図である。竹瓦温泉そして二條泉界隈で旅館の成立がみられる。海岸通りはいまだ開通しておらず、したがって、旅館の進出もわずかである。しかし、旅館の別館としての別荘が作られており、こうした別荘形式の別館が以後増えることになった。
1904(明治37)年から1905年までの日露戦争後、別府に新しい発展の芽をもたらした。福岡連隊が負傷者の療養の場を別府に求め、不老町の不老園などの旅館を借り上げ、負傷兵を送り込んだのである。戦後の好景気もあって、別府の名声は高まり、急速に発展をみることになった。

[PR]
by b8spa | 2011-06-10 23:30 | 別府八湯の歴史
<< 明治期の温泉施設の整備(歴史) 明治末期の別府市街地(歴史) >>