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別府村の成立(歴史)

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別府地域の呼称は速見郡敵見郷すなわちアダミ郷(アタミ、熱海)と呼ばれ、温泉湧出を物語っている。この地名が平安時代に朝見郷となった。その後、宇佐神宮の荘園に属して竃(かまど)荘、石垣荘、朝見郷に分れ、さらに石垣荘の南部が新たに開墾されて本荘の官省符とは別の免符を受けた別符、つまり平安末期頃に別府が成立したのである。
※写真は宇佐神宮の国宝本殿八幡造り。
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by b8spa | 2011-06-10 00:37 | 別府八湯の歴史
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