別府温泉郷のルーツ(歴史)

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別府温泉郷のルーツは風土記に求めることができよう。すなわち8世紀に編纂された豊後風土記の速見郡の条に赤湯泉、玖倍理湯(くべりゆ)の井の記載がある。つまり赤湯泉とは現在の血の池地獄のことで、地獄の存在を指摘している。玖倍理湯(くべりゆ)はくすぶるを意味し、場所は特定できないが、湯煙のくすぶるさまを表現しており、いずれにしても鉄輪温泉の状況を記載していると推定できる。
※絵葉書は血の池地獄。参考文献(大分県地方史研究会(1957):『別府の歴史』大分県地方史研究会)
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by b8spa | 2011-06-10 00:33 | 別府八湯の歴史
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