銀座裏(歴史)

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別府の飲み屋街の老舗通りは銀座裏と言われている。この銀座裏が別府では、江戸時代から続く通りとは、あまり知られていない。
別府の豪商・煙草屋主人の荒金義八郎は1862(文久2)年に『所用留』を書き記し、「流川下流一帯見取り図」を作成した。この地図には、流川、海門寺みちが描かれている。海門寺みちは、流川から海門寺に至る通りで、途中、妙見山と言われる森があった。昭和戦前までは、寂しげな場所だったらしい。
海門寺は、伝承によれば、以前は別府湾に浮かんだ久光(ひさみつ)島にあって、久光山海門寺と言われた。しかし、1597年(慶長2)7月、鶴見岳の土石流に押し流されて島と共に海中に没したという。その後、1692(元禄5)年、現在地で再興されたと伝えられている。
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by b8spa | 2011-06-04 18:30 | 別府八湯の歴史
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